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国内における和牛畜産事業の歴史をひも解くと、過去20年で2度のセンセーショナルな出来事が起きている。ひとつは90年代の「牛肉の輸入自由化」。もうひとつは2000年に起きた「BSE問題」である。
「狂牛病」と呼ばれる疫病にかかった牛が海外で大量発生したこの騒動。日本でも同様の例が散見したため、社会全体に牛肉に対する不安が浸透し、一部の食品、飲食店、外食産業が大きな打撃を受けた。しかし同業種の安愚楽牧場が、この騒動に巻き込まれることはなかった。理由は明白。BSE問題は牛への給餌が危険視されていた「肉骨粉」の使用に原因があったが、安愚楽牧場は穀物ベースのエサ以外を使用しておらず、自社から狂牛病が発生する可能性が皆無だったのだ。また、BSE問題発生を契機に、牛肉の生産工程の“透明化”を進める牛の個体管理が義務づけられたが、安愚楽牧場は創業時(81年)から「耳標」と呼ばれるタグを用いた独自のトレーサビリティシステム(生産履歴管理システム)で牛を管理していたため、事業変革の必要もなかった。従って安愚楽牧場の経営スタイルはBSE問題以降もまったく変わらなかったが、社会全体が安全志向に流れたことにより、結果的に「安全性の高い肉を提供する牧場」として認知度が高まった。
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ただし「安全な肉の提供=安全な牧場」かというと、そうとも限らない。なぜなら牧場は、運営するだけで土壌汚染や家畜臭の拡散など近隣住民の生活を脅かす可能性があるから。これは規模と比例するので、大規模牧場ほど対策が求められるのだ。
安愚楽牧場では地域ごとに堆肥処理施設を構え、定期的に施設のスタッフが数台のトラックで各牧場や契約農家を回り、堆肥を集めている。そして、それを発酵、寝かしを繰り返すこと約2ヵ月。各牧場より発生した廃棄物は見事に成熟した堆肥と生まれ変わり、取引会社に出荷したり、残りを近隣農家に配分したりするなど、リサイクルされる。
一方、臭気拡散防止の配慮も欠かさない。臭いは土に溜まりやすいので、牛舎内の通路はアスファルトに舗装し、臭気が漂うスペースを減らしている。さらに地下に下水道を敷き、牛の排泄物を地上に溜めないという、二重の臭気対策を取っている。大規模牧場の運営は環境整備ひとつ取っても大掛かりなのだ。
ちなみに大規模牧場ゆえのシステム化、効率化は環境面以外にも多数見受けられる。古くは前述の「耳標」を使った個体管理、近年ではロボットを使った自動哺乳システムや繁殖牛の発情を検知するシステムの導入もそれにあたる。前者は子牛に与える一日分のミルクの量を設定できる哺乳ロボット。個体管理システムと連動している。一方、後者は牛の脚に取り付けた送信機万歩計で母牛の発情期特有の行動を検知し、コンピュータで管理するシステム。これにより見極めの難しい発情期を見逃さず、的確な時期に人工授精を実施できる。どちらも最小限の人員で効率的に牛の世話をするために欠かせない仕組みだ。
これらを基盤とし、年々規模を拡大し続ける安愚楽牧場。その背景には「国内自給率上昇へ貢献」という壮大な目標がある。これは決して、自社の生産量アップだけを指しているわけではない。個人農家との共生が根底にあり、自社と契約牧場がともに発展することが前提にある。10年代に入り、安愚楽牧場は名実ともに黒毛和牛の生産牧場として、今なお進化を続けている。
安愚楽牧場で生産された牛は、出産後まもなく安愚楽牧場独自の4ケタの番号の耳標とトレサビリティ法で義務づけられた10ケタ番号の個体識別番号の耳標を装着される。すべての牛はこの耳標番号をもとにコンピュータ管理され、どこに移動してもその情報が瞬時に分かる。

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下元 陽 = 取材・文 千野 エー = イラスト
text:AKIRA SHIMOMOTO(BLOCKBUSTER) illustration:CHINO A
