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『三共』を誕生させた胃腸薬
世界の家庭の常備薬「タカジアスターゼ」
タカジアスターゼ 高峰譲吉が発明したタカジアスターゼ。なお「タカジアスターゼ」は日本(三共)での商品名。米国・パークディビス社は「タカダイアステーズ」の名で世界中に販売した。(写真提供/三共)
 19世紀末のアメリカで、エジソン、コダック、フォードと並び、巨万の富と名声を築いた一人の日本人がいた。その人の名は「ドクター・タカミネ」こと、高峰譲吉。文明開化以降、世界で初めて認められた日本人化学者でもあった。
日米国交締結の年に誕生
 嘉永7(1854)年、徳川幕府は日米和親条約を締結し、日本は300年の眠りから醒めた。この年、加賀藩の御典医である高峰家で、譲吉誕生。日米和親の申し子ともいえる高峰譲吉が最初にアメリカの土を踏むのは、それから30年後のことだ。
 月目は流れ、明治17(1884)年。農商務省工務局の若きエリートとなった譲吉は、明治政府の事務官として米国・ニューオリンズで開かれていた万国工業博覧会を視察していた。そして、会場に屋示されていた米国産の燐鉱石に注目し、人造肥料の製造を思いつく。日本の農業の生産カを高めるには、化学肥料を普及させる必要がある、と考えたのだ。
 帰国後、譲吉は直ちに、官営人造肥料工場の設立を農商務省に働きかけるが、幹部は誰もその必要性を理解しない。「ならば自分で会社を興すしかない」と、将来を約束された官職をさっさと辞めてしまった。そして東京人造肥料会社を設立し、会社の社長兼技術長として人造肥料の製造に当たった。さらに本業のかたわら、工場の一隅に「高峰製薬所」という小さな研究所を設け、学生時代に志した応用化学の研究にも取り組んだ。そこで彼は清酒醸造に不可欠な麹の改良を行い、発酵カが極めて高い高峰元麹を創製。「高峰式元麹改良法」の特許を申請した。
 この画期的な酒造法に目をつけたのは、アメリカのウイスキー業者、ウイスキー・トラスト社だ。さっそく、譲吉にアメりカヘの招聘を申し入れてきた。この頃、東京人造肥料会社は、譲吉の主導のもとでなんとか軌道に乗り始めていた。明治末にはわが国を代表する企業の一つにまでなる会社だったが、その創設者としていよいよこれからという時に、突然舞い込んできたアメリカからの依頼。……この時、またもや譲吉は、大企業の経営者としての安定した人生をあっさり放棄し、ニューオリンズで見そめた妻と、幼い子供とともに米国に渡る。妻の母国であるアメリカで、苦渋の研究人生が始まった。
 米国で譲吉は、元麹改良法をもとにウイスキーの醸造法を関発し、イリノイ州にあるウイスキー・トラスト社の工場に本格的な生産体制を整えていた。そんな矢先、原因不明の不審火で工場は全焼し、計画はあえなく頓挫。だが挫折と貧困のなか、譲吉はアメリカで生き延びるために、新たな研究に取り組むのだった。
 酒が発酵して造られるのは、澱粉の分解酵素であるダイアステーズ(ジアスターゼ)の働きによるものだが、麹のジアスターゼは消化能カが特に顕著だった。これに着目した譲吉は、強カ消化剤の実用化に微かな望みを托し、その研究に熱中する。そして、麹のジアスターゼにアスペルジラス・オリーゼという糸状の菌を生成し、そのなかから、ある強力な消化作用をもつ物質を分離することに成功したのだ。
世界の胃腸薬市場を独占
 この強力消化剤(胃腸薬)を、高峰のタカを冠して「タカジアスターゼ」と命名し、明治27(1894)年に特許を申請。そして製造販売を、全米最大の製薬会社であるパークディビス社に委託すると、これが瞬く間に大ヒット! 世界の家庭の常備薬となり、パークディビス社は世界の胃腸薬市場をほぼ独占した。
 ただし、日本だけは例外だった。「タカジアスターゼは日本人の発明品なので、日本では日本人に売らせたい」という高峰自身の申し入れを、パークディビス社が承諾したからだ。そして明治32(1899)年、タカジアスターゼ販売のために三共商店(現在の三共)が創設される。三共胃腸薬タカジアスターゼは、夏目漱石の当時のベストセラー小説「吾輩は猫である」にも登場するなど、赤チンとともに日本の国民的常備薬となったのである。
 かくしてドクター・タカミネは特許収入で巨万の富を築く。その資産は当時の金額で2,000万ドルとも3,000万ドルとも伝えられる。ハイカラ好みの漱石でさえ留学中に神経衰弱になったほど、欧米文化に馴染むことが難しかった当時の日本人のなかで、アメリカに永住し、組織にくみすることなく、アメリカンドリームを実現させた最初の日本人、高峰譲吉。晩年は、2,000本以上の桜をニューヨークに植樹し、日本様式の粋を集めた豪邸をリバーサイドに建てて民間外交の場とするなど、身をもって日米の掛け橋となった。「無冠の大使」と呼ばれるゆえんである。
上山 明博(うえやま・あきひろ)
1955年10月8日岐阜県生まれ、天秤座。
ノンフィクション作家・科学ジャーナリスト。
科学と文学の垣根を超え、広範な分野で執筆活動を展開。
著書に
『科学を愛したサル』宝島社(1990年)
『アトムの時代』美術出版社(1994年)
『ビジュアル・テレコミュニケーション入門』翔泳社(1996年)
『プロパテント・ウォーズ』文春新書(2000年)、
共編著に
『シュレディンガーの猫がいっぱい』河出書房新社(1998年)
『オリジナリティを訪ねて I・II』富士通ブックス(1999年)
『理科系の脳みそ』東京書籍(1999年)
『ビジネス方法の特許化・設計・戦略大系』フジ・テクノシステム(近刊)など。

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