こんにちは、滝岡幸子です。今回は、弁理士の金原正道さんをご紹介します。「会社員生活に行き詰まりを感じ、資格を取得しようと決意した」という金原さん。資格試験に合格するまでは、仕事と勉強漬けの日々だったそうです。
金原正道(かねはら まさみち) 弁理士 金原商標登録事務所 代表
1964年生まれ。大学卒業後、株式会社ビッグショットに入社。9年間勤務後に退社し、藤本特許法律事務所に転職。1998年、弁理士試験に合格。2000年5月に独立し、金原商標特許事務所を開設した。2006年5月、金原商標登録事務所に改称。 金原商標登録事務所 http://www.kanehara.com/ 商標登録ドットコム http://www.shohyo-toroku.com/ 商標登録.jp http://www.shohyo-toroku.jp/
弁理士事務所を開業している金原正道さん。弁理士とは、知的財産に関する専門家で国家資格だ。業務内容は、特許(発明)、実用新案、意匠(デザイン)、商標(ブランド)の特許庁への出願手続代理、知的財産の不正競争に関する調査、訴訟などである。
金原さんの事務所では、ブランド名、商品名、ロゴマークなどの商標登録、デザイン、キャラクターなどの意匠登録、著作権を主な業務内容としている。インターネットを駆使する弁理士事務所で、ウェブサイト作りもすべて金原さんが自分で行うそうだ。
金原さんは大学卒業後、フジサンケイグループのイベントや広告を取り扱う株式会社ビッグショットに入社した。最初の5年間はコンサート開催や博覧会への出店など、イベント企画を行った。次の4年間でノベルティグッズの企画・制作を担当。たとえば、レコード会社からアルバムCD関連グッズの企画依頼を受け、業者への発注・制作を行った。「制作したグッズの商標や著作権に興味を持つようになり、自分で勉強していました」。仕事は企画だけでなく、その案件自体を自分で営業して獲得しなければならず、売上ノルマも厳しかった。「面白かったけれど、体力的に一生続けられる仕事ではなく、サラリーマン生活に行き詰りを感じました。そこで、資格でも取ろうと思いました」。
もともと著作権などの権利やデザインに関心があった金原さんは、知的財産の専門家“弁理士”資格を選んだ。「弁理士には理系の技術屋や法律を勉強した人が多く、僕のように文学部出身者は珍しいです」。同じ資格でも、人間関係のいざこざを扱う“弁護士”とは違い、“弁理士”の業務はデザインなど美しいものを専門に扱う。ドロドロした人間関係が絡まない点が金原さんは気に入った。
会社に勤務しながら専門学校に通い、弁理士の試験勉強をスタートさせた。1年間勉強を続けた時点で「このまま勉強を継続すれば、試験に合格できそうだ」という見通しが立ち、弁理士への転身を決心した。金原さんは、“実現の目処が立ってから会社を辞める”という慎重派の性格だと言う。「それから3年間くらい、仕事と勉強しかできませんでした」。
1997年、特許法律事務所に転職した。弁理士の勉強はしていたが、実務経験はゼロ。最初は電話取りから書類整理まで、事務作業を担当した。その後、ベテラン弁理士について仕事を覚えた。そして入所した翌年の1998年、弁理士試験に見事合格した。
そのころインターネットが普及し始め、夢中になった金原さんは次々とネットの知識を習得した。到来したネットベンチャーブームと同時に、“ビジネスモデル特許”という言葉が普及し、ネットビジネスを行う経営者の関心を集めた。弁理士の中でもインターネットに詳しい金原さんのもとには、ビジネスモデル特許に関する仕事が多く舞い込んだ。所属事務所に相談したが、事務所側は流行り始めたばかりのビジネスモデル特許案件に関して積極的ではなかった。
「それなら独立して、ビジネスモデル特許に関する仕事を自分で受注しようと思いました。それに、僕は組織で働くことに向いていない。上司と部下の間に挟まれる中間管理職は、承認や報告にも時間がかかります。一人で働いていれば、自分の判断で即断即決ができます。僕は、何でも自分でやってしまいたいタイプなのでしょうね」。2000年5月、アパートの一室で金原商標特許事務所を設立した。他事務所との差別化を図るため、多くの弁理士事務所で扱う特許案件の受注を止め、意匠、商標登録を中心に行うことに決めた。そして2006年5月、金原商標登録事務所に改称した。
(2007年9月7日)
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